クリスタルと傷について
クリスタルの傷、あなたは気になりますか?
大抵の方は気になるのではないでしょうか。
トップの欠け、損傷、クラックなど『この傷さえなければ』と思うことがある
と思います。
傷には痛々しさや、本体の不完全さといったイメージがあり目を背けたくなる
のかもしれません。
完璧な丸玉やポイントを求める人は多くいます。
私もそうしたひとりでした。
しかし、あるクリスタルとの出合いが私を変えました。
そのクリスタルはヒマラヤのガネーシュから来た、高さ4cmに満たない程の
小さなクリスタルで、柱面内部には大きなクラックがあり、傷だらけのクリスタル
でした。
しかし、手にとって見つめれば見つめるほど深みのあるクリスタルだとわかり
ました。
まるで教師のように無言で私に語りかけてくるのです。
それは忘れかけていた、はじめてクリスタルの存在を知ったときのような感動です。
そして傷があってもなくてもいいと思えました。
なぜなら、例え傷だらけでも、私はこのクリスタルを必要としていたからです。
ときにあなたが必要とするクリスタルが傷を持っていることがあります。
そしてそれは『傷はあるべくしてそこにある』場合もあります。
私の場合がそうでした。なぜなら私の傷にこだわる気持ちを解放するかのように
そのクリスタルは現れたからです。
他にもクリスタルが傷付いたり、割れたりするのが怖くてクリスタルとうまく
向き合えないこともあります。
その場合、あるクリスタルを自分の一番に決めるのが嫌で、次から次へと他の
クリスタルを集めてしまいます。
それは一番のクリスタルが万が一傷付いて、破損するのが怖いから。
悲しみたくない、または傷による自分自身の心変わりを認めたくないのかもしれません。
完璧主義者であればあるほどそれを維持しようと傷つくのを怖れます。
傷がつかないように必要以上に大切にして、結局どのクリスタルとも決められないまま
次から次へと乗り換え、クリスタルと向かい合えません。
しかし重要なのは、形あるものは必ず壊れるという真実です。
大切なのは、どのクリスタルであれ世界にたったひとつということです。
そしてそのひとつだけという事実は、それが傷付いたり破損しても不変です。
傷付くのを必要以上に怖れていては前に進めないのです。
クリスタルとともに、いつもの日常を少し素晴らしいものにするために、
まずはクリスタルと向かい合うことが必要です。
傷もひとつの『あるがままの姿』として、受け止めるのです。
また、考え方を変えれば傷の全くないクリスタルは存在しないのかもしれません。
自然の状態から取り外された時点で、傷はあります。
例えば、ポイントはもともとクラスターの状態で自然界に存在していました。
クラスターから切り離されて私たちのもとにある状態は無傷でしょうか?
自然から取り外された箇所には必ず傷が残るのです。
とすれば削られて作られた丸玉は自然の状態から見れば、傷だらけで原形を
とどめていないともいえるのです。
結局、傷のあるなしで一喜一憂するのも、見た目を気にする私たちの思い込み
ではないでしょうか?
更にクリスタルの中には、傷(クラック)が虹色に輝くレインボーや、折れた
箇所から再成長するセルフヒールドもあります。
それらはまるで、傷をただの傷で終わらせないという強い意志があるように
思えてなりません。
傷がそこにあるのなら、
傷を認めてそれらに縛られず、
クリスタルと向かい合いたい。それが私たちの考えです。
『傷はあるべくして、そこにあるのです』
2006/07/12 Crystalism4u
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